経営の使命は、所期の成果を挙げることです。
企業で成果を挙げるためには、各個人が、成果の姿(どこに行くか)を知り、そこに至る道筋(どうやって行くか)を知る必要があります。
個人であれば、この成果と道筋は自分の頭の中にあればそれで事足りるのですが、企業は人の集まりですので、それを共有する必要があります。
そして、一般的には、成果の姿と、成果に至る道筋を纏めたものが「経営計画」と呼ばれます。
経営計画立案に当たっては、経営の4要素「人・物・金・情報」を網羅して検討するのは言うまでもありませんが、この中で特に「人」については、以下の通り他の3要素に比べ、不確定要素が多く、大きいため、経営計画にしっかり組み込む必要があります。
- 人件費はコストの中で大きな割合を占める
- 人育てには時間がかかる
- 人育てには失敗が付き物である
要は、「人」に関しては、費用対効果が不明という問題があります。
コストがかかる割には成果が出るまで時間がかかり、もしかしたら成果が出ない。というのが、人に纏わる最大の問題です。
加えて、成果が出ない場合でも、物のように捨てる訳には行きません。
逆に、このような不確定要素故に計画不要と考える会社もあるでしょう。
実際に私が所属した会社もそうでした。しかし、その時の経験から考えると、「分からないから計画しない」という姿勢は間違いで、「分からないからこそ、拠り所である計画を作り、随時修正していく」というのが正しい姿でした。
ということで、今回は、採用活動するに当たって、何故「経営計画」が必要であるかを、私の失敗経験を踏まえて、説明しようと思います。
「人」関連の不確定要素
まずは、前段で述べた「人」に関する不確定要素を改めて見て行きましょう。
人件費はコストの中で大きな割合を占める
言うまでもなく、コストの中で人件費の比率が高いです。最も比率が高いという会社の方が多いでしょう。
故に、人(社員)が成果を挙げられなければ、費用対効果は各段に悪くなります。
しかし、費用対効果だけで考え、人を減らしたり、一人当りの仕事量を増やせば過重労働となり、ブラック企業まっしぐらです。
あるいは、どこかで費用対効果の悪い人には辞めてもらう。という考え方をする会社もありますが、それは長続きしません。
そもそも人の供給量は上限があるので好き勝手に採用したり辞めさせたりは不可能です。
またノウハウは人に紐づくので、目先費用対効果が悪い。と言って辞めさせたら、実はその人しか持っていないノウハウがあり後で苦労した。なんて話は幾らでもあります。
ですので、このような短絡的なことはやらない方が賢明です。
結局、人はコストがかかるという認識の元、どのような人材を採用するか? どのように人材を育成して行くか? そしてどのように費用に見合う成果を挙げるのか? という視点で活動する必要があります。
実はこれこそが「経営」そのものと言えるのです。
人育ては時間がかかる
仮に本人が持っているスキルが自社の仕事にマッチしていたとしても、一人前までになるには時間がかかるのが普通です。
何故かというと、人間だからです。
物も金も情報も人が作ったモノ又は概念なので、自己主張もしなければ心変わりもしません。だからこれらの対応は簡単です。基本的にはインプットとアウトプットの相関がありますから、そりゃ楽です。(余談ですが情報も本来扱いが楽なモノなのですが、多くの人は扱い辛いと考えています、物や金のように目に見えない。又は情報を解釈するスキルが無いからです)
例えば、機械であれば、マニュアル通りに動かせば、予定通りのアウトプットがあります。予定通りのアウトプットが無ければメーカーに文句を言えば、対処してくれます。
お金も使い方次第ですが、ほぼ予定通りの成果が出ると言って良いでしょう。
しかし生身の人間はそうは行きません。
自己主張もあれば、心変わりもあります。本来能力があるにも関わらず努力を怠ることもあるし、当方が「能力がある」と見間違えることも往々にしてあります。
このように、モノやお金にように、インプットに対してアウトプットが予想できることはまずありませんから、時間がかかるのです。そしてもっと悪い事に時間をかけても失敗することも多いです。
人育ては失敗が付き物
前述の通り人育ては時間がかかる上に失敗が付き物です。
実際にスキルがマッチしている上に、一生懸命育てたとしても、人育てに失敗することが多いです。
何故失敗するか? これには「教育される側」「教育する側」双方に限界があるからです。
教育される側の限界
前述の通り、生身の人間ですから、自己主張もあれば、心変わりもあります。本来能力があるにも関わらず努力を怠ることもあります。指導者や上司との相性が悪ければ、やる気も出ません。
教育する側の限界
どんなに優れた先生でも、100人の生徒を100人とも優秀な人材に育てることは不可能です。何故かというと、教育の成果は、教える側の資質ではなく、教えられる側の資質に依るからです。
そして中には、このことを理解できない指導者がいます。
前の生徒で成功した方法を次の生徒でやってみても、前の生徒と同じようになるわけがありません。そんなの当り前なのですが、自分の力を信じている先生が往々にして陥る間違いです。
こう考えると、人が失敗なく育成できる要素は、ほとんど運なのかもしれません。
「人」は不確定要素が大きいからこそ、それを減らす努力をする
前項で述べた通り、「人」は、経営の要素の中では不確定要素が各段に大きいと言えます。
そして、何かをしようとする場合、この不確定要素を出来るだけ減らすというのは当り前です。
経営も何かをしようとしているわけですから、不確定要素を減らすことが重要です。
つまり、「人・物・金・情報」の中で、経営が一番注力しなければならないのは、他と比べ不確定要素が大きい「人」であるのです。
そして「人」関連の中でも、その入口としての採用が最重要です。
何故かというと、そもそも会社の方向性に合致しないスキルの人を採用しても意味がないからです。
もちろん、その人が自社の方向性に合致しているか否かは、採用プロセスの中で見極めるのは難しです。しかし、どのような人材を欲しているのか? という点が明確である場合(つまりは経営計画がある)と、明確でない場合では、採用が成功する確率は明らかに違うでしょう。
言い換えれば、スキルを見極めるのは難しいとして、適当に採用するより、それなりの拠り所を持って採用した方が、まだマシということです。
そして経営に限らず、人の営みは、「まだマシ」の連鎖でしかないのです。
私の失敗経験
今まで述べたことに至ったのは、以前の経験があったからです。
ここでは、それを紹介します。
私が新卒で入社した会社は、IT企業でした。私はその会社で、入社以来採用を担当していました。
その会社は、経営計画のようなものは、敢えて作らないという経営方針でした。
私は新卒で入社したので、他社のことはあまり知らなかったこともあって、この計画を敢えて作らないという経営方針には同意していました。
計画性のない採用
経営計画というものがほぼないので、採用の計画はありませんでした。
したがって「どんなスキルが必要か?」「どんな人材がいいのか?」というのは全て曖昧。トップの勘だけで、それで良しとされていましたし、若造の私は、それに同意していました。
決めていたのは、その年度の採用数の上限だけです。そして「いい人」がいなければ0でも良いという話しでした。
当然「いい人」の定義もボヤっとしていますので、実際には毎年上限近くまで採用してました。
「人はモノではない」という欺瞞
この会社の経営者がこのように考えた背景には、「人はモノではない」から、設備やお金のように、計画すること自体がおかしい。という発想がありました。
しかし、今考えてみると「計画」の定義がおかしいです。
例えば、モノの計画というのは、主として購入計画や廃棄計画になるはず。稼働率と耐用年数、あるいは技術革新により、概ね分かるでしょう。正しく前述の通りインプットとアウトプットに相関があるということです。だから、それを人に当てはめるのは確かに雑だと思います。
一方で、人の計画は、自社に合った人材像を思考する。将来の自社のイメージを明らかにして、その時どんな人たちがどんな思いで働いているのか?を思考するようなクリエイティブな活動です。
そしてそれは、人の人生をも左右する話であり、その計画を放棄するなど欺瞞でしかないと今は考えています。
モノの計画(計算で成り立つもの)と、人の計画(クリエイティブな活動)を混同するというのは浅はかです。
そもそも「人はモノではない」から計画しない。であれば個人が人生設計をするというのが、おかしいという話になりますので、それは間違いであることに気付くでしょう。
結果どうなったか?
上記のような計画もない採用、はっきり言えば思いつきの採用を続けた結果どうなったか?
まずは「スキル不足・スキルアンマッチ集団の形成」です。
自社が将来どんなビジネスをしているか? 何も考えず、思いつきで採用していたし、将来像がないのですから、それに向けての教育のしようもない。
よく言えば、「時代の流れに対応して変化をし続ける」ですが、実際は「ただボーっと世の中を漂流していた」だけですから、時代の変化に対応したスキルが身に付くわけがありません。
一応は、時代の変化と共にビジネスが変化し、それに合わせて「変化志向」を口にしていましたが、社員の多くが全く適合できず衰退しました。
「時代に合わせて変化する」と言うだけならのは簡単です。問題は時代がどう変化するか? それに対して自社がどう対応していくか? というのを経営者が示さなければ、社員はどう変化するか? が分からないのですから当然です。
また、結局は経営者の好き嫌いで採用しているので、徹底した同質性集団が出来上がり、異質排除のような集団が出来上りました。これも変化対応できない大きな理由です。
そして、数少ない、自身で変化の方向性を考え、その変化に対応しようと考える人は、結局その会社を去って行き、同質性集団がより強固になるという悪循環に陥りました。
このスキル不足と同質性集団の二つが合わさって、社会変化に対応できない会社になって、ただいま絶賛衰退中です。
「人はものではない」からこそ、計画すべき
この会社の徹を踏まないためには、前にも述べた通り、人だからこそ深い思考で計画すべでしょう。
最低でも、次の問いを立てる必要があるでしょう。
・自社の将来はどんなものか?
・その時に、どんな人がどんな役割で組織に貢献しているのか?
組織に貢献してこそ、人が幸せであると考えれば、みんな貢献するようにしなければならない。これは経営者が考えることです。
採用段階で、将来の役割分担や、各人の貢献度合を予め想像すること。
それをもって採用活動をすれば、少しはマシな採用が出来るというものです。
採用・人材育成計画は経営計画に包含される
将来の役割分担や、各人の貢献度合を予め想像するには、まず将来どんなビジネスをしているのか? という問いは発するのが必要です。
その上で、その将来像を辿り着くまでの道のりを描く。何度も言いますがそれが経営計画です。
そして、採用や人材育成の計画は、この経営計画に基づいて作られるものです。
両者の関係を簡単に表すと、次のようになります。
経営計画 | 採用・人材育成計画 |
将来どのようなビジネスをしているか? | その時どのような人が活躍や貢献をしているか? |
将来に向かっての道のりはどのようなものか? | 将来のビジネスをやるに当たって、どのような人を採用し、その人にどのような教育をするのか? |
世の中の実態は?
ここで少し視点を変えて、世の中の中小企業の人材育成について見て行きましょう。
2018年版の中小企業白書に「過去3年間の営業利益の推移別に見た、従業員に対する人材育成・能力開発の方針」というグラフがあります。
2018年版 中小企業白書 第3章第3節の2「人材育成の成果」より引用
「数年先の事業展開を考慮して、その時必要となる人材を想定しながら能力開発を行っている」企業のうち業績向上している会社は、38.4%、逆に「人材育成・能力開発について特に方針を定めていない」という企業のうち、業績向上している会社は、18.2%とその差は明確です。
さらに、注目すべき点は、全社数の中で「数年先の事業展開を考慮して、その時必要となる人材を想定しながら能力開発を行っている」会社の割合(会社数は、項目欄の(n=)で表示されています)は、0.8%です。つまり、将来を見据えて人材育成をしている会社は驚くほど少ない。
これは教育に焦点を当てたデータですが、「数年先の事業展開を考慮して、その時必要となる人材を想定しながら能力開発を行っていない」会社が、「数年先の事業展開を考慮して、その時必要となる人材を想定しながら採用を行っている」とも思えないでしょう。
すなわち、経営計画に基づいて採用している企業というのは全体の1%にも満たない。ということです。
これはある意味チャンスです。世の中の中小企業の大多数が、行き当たりばったりの採用をしているので、経営計画に基づいて採用をすれば、その分アドバンテージを得られる可能性は大きくなるのは自明の事です。
計画性=経営と言っても過言ではない
とは言え、「人」はコストがかかり、育てるには時間がかかる上、失敗の可能性もあるのです。人育てに失敗したらどうするか?
これは所期の目的が果たせなかったのですから、それを前提に立って計画の修正や、思い切った変更をすべきでしょう。
最初で述べた通り、「費用対効果の悪い人には辞めてもらう。」というのは、人の供給量は上限があるし、ノウハウや機能の損失に繋がります。
何よりこのような短絡的な考えは、経営者の敗北です。
繰り返しますが、経営の4要素は「人・物・金・情報」であり、これが理想通り揃わないというが当り前。まして人については不確定要素が大きいのですから、それを小さくする努力をする傍ら、理想通りに行かない場合も対応を考えておく。
つまりはどのような状態になっても対応できるように予め想定しておく、この計画性の優劣こそが経営の優劣を決める要素なのです。